結局の所、全てのものは感覚的認識に依拠すると思う。
 それは愛とか友情とかいった概念的な事でも一緒。
 名前で呼んでくれる。
 荷物を持ってくれる。
 落ち込んでいる時に慰めてくれる。
 相手の何気ない行動や言葉や態度といった、要は人から見て分かるように表された『外見(そとみ)』の細かい詰み重ねが、愛や友情、その相手のひととなりなんかを確信させてくれるのだろう。
 結局の所、内面なんて見えやしないのだ。
 僕らは超能力者じゃないんだから、相手が表側に出したカードからしか読み取れない。
 というか、そう言う風にしか人を判断するすべがないんだからしょうがない。
 しかし、そう言う外見からの判断が当たっている事が多いのもまた事実な訳で。
 人は見た目による。
 つまり、人の内面はおのずと外見にあらわれると言う事。
 『服の乱れは心の乱れ』ではなく、『心の乱れが服の乱れ』になるのが因果律として正しい気がする。
 当然、それはファッションや姿形なんかの『外見(がいけん)』も含む。
 すさんだ心の持ち主は目つきが悪くなる。
 自身に満ちあふれた人は歩き方が颯爽としている。
 外交的で社交的な人は見た目も派手になる。
 流行に関心のある人はそう言う感じが服にもあらわれる。
 人は見た目による。
 もちろん、全てがそうとは言い切れないだろうけど。
 人は多様なんだから、外見と内面が全く一致しない人だって少数ながらいるとは思う。
 判断する側の眼力だって、確実なものかどうかは怪しいもんだし。
 だから、僕が『彼』を見た時に感じた嫌な予感も、つまりはそいつの容姿や態度というカードから引き出された僕の勝手な憶測の産物でしかない。
 とっても曖昧で根拠の薄い印象からの、なんて事ない咄嗟の判断。
 でも。
 往々にしてこういう判断も当たっているもんなんだよなあ。



「ねねね、知ってる?転校生来るんだってうちのクラスに!」

 そろそろ昼休みも終わろうかという教室の中は、クラスメイト達で騒がしい。
 男子だけのクラスだから、中には運動でもしてきたのかシャツのボタンを全てはだけている奴までいたりする。
 獣人学校の一つである、ここ守角(すずみ)学園はもともと男子高で、数少ない女生徒は僕らの一年下の代から新設された情報処理科にしかいない。
 よって、普通科であるうちのクラスには二次成長期の雄獣人属ばかり43人。
 その光景のむさい事むさい事。
 慣れちゃえば別にどうってことないんだけどね。
 嘘です。
 やっぱり校内で女子の華やいだ姿を見たりするとちょっと切なくなります、はい。
 そんな事を考えながら僕が教科書を読んでいると、クラスメートの一人、雪華 七生(ゆきはな ないき)のかん高い声が耳に飛び込んできた。
 転校生、という言葉に皆が反応する。

「本当かよナイキ、おめーまたガセじゃねえの?」
「いやいや、ほんっとほんと!バリマジ超本気、ホナっさんから聞いたっての職員室で!」

 オーバアクション気味の仕草をしながら誰かの突っ込みを否定して喋り続ける七生。
 テレビのバラエティ番組に出ても浮かないぐらいの身ぶりっぷり(変な言葉)。
 それに合わせて、七生のでかい尻尾もひょこひょこと揺れる。
 臭鼬(スカンク)人属の七生は体が小さいから、余計に目立つ。
 黒地に白い筋の入った毛並みはふさふさで、きちんと整えられていて見事なもんである。
 美少年と言って八割方の了解はとれるかな、と言う程には顔も良い。(本人談)
 カラオケ夜遊び大好きで、授業中居眠りなんてのもざらだ。
 そのおかげか、自他校、人間獣人問わず、女の子にもよくもてている。(またも本人談)
 休み時間に七生が携帯を両手で二台同時メール───二台も所有しているのもどうよ───して話している相手も、いつもいつもいつもいつも女の子のようだ。
 しかもどうやら毎回名前は違っていたりなんかするから恐ろしい。
 まあ、本人が言うには『友達だよみんな!』らしいけど。
 そのうち刺される羽目にならない事を面白半分に祈るばかり。
 所詮他人事だしね。
 ・・・やっかみではないよ、念のため。

「だけどナイキよぉ、それが本当だとして、そいつはいつ頃来るん?」
「んー、詳しく聞いてこなかったけどその辺は。明日か明後日じゃないかな多分?ホナっさんはミワちゃんに『すぐ』って聞いたらしいから。」

 ちなみに僕らの担任、獅子人属の三輪先生は面と向かって『ミワちゃん』呼ばわりされると怒る。
 なんでも、三輪先生が下の名前『美和(よしかず)』にちなんでからかわれた過去を思い出すからだそうな。
 ていうか、そもそも担任をちゃん付けで呼ぶ事の方を怒るべきなんじゃ・・・
 閑話休題。
 
「男?それともついに女か?」
「げふ、男だってさー、これ以上ないくらい、残念ながら・・・」

 七生の発言に、まじかよー、と言う声がクラスのあちこちで上がる。
 男と分かっただけでこの失望ぶり。
 性欲ボンバーどもめ。
 うおお、自分で言って自分の耳が痛いぞ。
 と、皆のざわめきに反応したのか、僕の前の席で寝ていた体がビクンと跳ねた。
 あ、起きた。
 今まで机に突っ伏していたそいつがゆっくりと身を起こす。
 頬に寝癖が着いた顔。
 眠そうな瞳。
 まあ、彼はデフォルトでそんな感じなんだけど。
 寝起きの彼は青灰色の毛並みをかきながら、大きなあくびを漏らした。
 太めの尻尾も一緒に伸びをしている。
 一応、挨拶しておく事にする。

「タキさんおはよ。」
「・・・モトミ?何かあったの?」




 振り向いて、だるそうに問いかけてくるクラスメイトの滝 天(たき あおぎ)。
 通称滝さん。
 雄大な名前に相応しく、犬人属の割に孤高の存在と言うか浮世離れしていると言うか、分かりやすく言うと『何考えてんだこいつ、な脳内不透明天然星人』である。
 かえって分かりづらくなってしまった。
 要するに、普段からぼんやりしていて無口。
 たまに口を開けば、大抵こちらへの変な質問が飛び出す。
 例えば『皮を〈はぐ〉ってどんな漢字だったっけ。』
 『桃ジュースなんかのネクターって、どう言う意味だ。』
 『笑点で水色の着物来てた人・・・あれ、誰だったかな。』
 『バニラオイルとバニラエッセンス、同じものじゃないのか。』
 こんな感じ。
 そして、滝さんはその答えを聞いても───その都度、律儀に答えてる僕も僕だけど───ふーん、サンキュ、で終わり。
 そんな奴だ。
 何のためにそんな質問をしているのか、未だに原因は不明のまま。
 ひょっとしたら頭の中でクロスワードでもやってるんじゃなかろうかと僕は思っていたんだけど、かつて滝さん本人に聞いてみたら
『・・・何言ってんだ?』
と素晴らしいほどに自分を省みていない返事が帰ってきただけだった。
 あるいは疑問に疑問で返す所を見ると、ソクラテスを気取っているのかも。
 んなわけぁないか。
 とにかく、そんな感じでごーいんぐまいうぇい。
 諸行無常な色即是空。
 この質問にも答えてあげるのが親切ってものでしょう。

「ナイキの話だと、転校生が来るみたいだってさ。」
「へー・・・」

 それだけ言うと、滝さんは前を向いてまたあくびをして下を向いて黙ってしまった。
 関心無しですかそうですか。
 まあ、ここで滝さんに急にテンション上げられても困る、つーか怖いし。
 見てみたい気もするけど。
 でも善意とは見返りを求むるものでなし、と昔の偉い人も言ってるし。
 触らぬ神に祟り無しとも言うし。
 そんな訳で自分シールドに戻った滝さんには構わず、僕は再び教科書を開いて───
 あ。

「・・・ねえ、タキさん、ここの練習問題やってきた?」



 全ての物は、認識する事が把握の前提となる。
 認識とはすなわち区別される事。
 線が引かれ形作られて、初めてそれは一個の『モノ』として認識される。
 光が当たってその反射の違いで、物は見えて色が分かる。
 光は物を形作る。
 何だかうきうきします。それは『嬉しい』と言う感情です。
 嫌な感じで涙も出てきました。それは『悲しい』と言う感情です。
 言葉は気持ちを形作る。
 言葉によって表現されて、初めて感情は心の中で固まってくれて適切な位置を占め、目的へ向かって僕らを動かす歯車となる。
 言葉に固められる事で他人に伝える事が出来、共有が可能となり───共感、と言うやつだ───人と人を繋ぐ掛け橋にもなる。
 例えば愛。例えば友情。

「わあああ!」
「うぉっとう!・・・何だ、モトミかよ・・・どしたんだ?」

 いきなり目の前の扉が開いて、三輪先生の大きな身体と衝突しそうになってしまった。
 時間は放課後。
 場所は職員室前。
 呼び出された訳でもないのに僕がここにいる理由はただ一つ。
 今日の授業で分かり切らなかった事を質問する為。
 ではなくて。
 三輪先生に逢いたいから。
 ある決意を胸に秘めてもいる。
 言葉が感情を固めると、連鎖反応で心が結果を求め体が動いてしまう。
 三輪先生に逢いたい。
 個人的に言葉を交したい。
 二人だけの、というつながりが欲しい。
 でも怖い。
 でも欲しい。
 でも。
 でも。
 結論は、『止まっているのに開ける道なんてない』。
 教室で『その他大勢』な生徒(謙遜であって欲しいけど)として接している時とは違い、一対一で会話できる機会(と度胸)を探していたら、こんな時間になってしまったのだ。
 上手く言えたら大成功な一大イベント計画を伝えようとしているのだから尚更だ。
 そして、さっきまで職員室の扉の前でどうでもいい事を考えながら逡巡する事数分。
 ・・・長いぞ。
 『好きだ』という感情が自覚されてしまうと人はかくも臆病になるという典型例。
 分析終わり。

「いえ、あの実は今日の授業で分からなかった事と、あと銘啓大学の過去問集とかその辺の参考書とか良いのがないかなぁってミワ先生に質問したくて・・・」
「おお、偉いな!ヨシノとかあの辺のやつらにも見習って欲しいもんだ、まったく。進路どーこー以前に人としてヤバい成績だから自主補講受けに来い、っつっても来やしねえ。」

 僕は友達思いなのでコメントは差し控えさせて頂きます、はい。
 喜んでくれる三輪先生の顔を見ていると、若干の罪悪感も沸いてくる。
 僕が三輪先生を『そういう』目で見ていると知ったら、三輪先生は一体どんな顔をするだろう。

 保健室で自分の気持ちに気付いたあの日以来、三輪先生は僕の中で特別な位置を占めている。
 純粋な好意だけじゃない。
 もっと根深い、どろどろとした俗っぽい衝動。
 三輪先生の顔。
 三輪先生の大きな身体。
 逞しい腕。
 吐息、声、体温。
 首筋、舌、股間。
 抱きたい。
 抱かれたい。
 御多分にもれず、僕だって一応今時の17歳だ。
 夜毎繰り返す一人でのあの行為の時、いつも思い浮かべるのはそんな妄想になった。
 勿論実際の体験がある訳じゃないから、あくまでももやもやとしたいろんなものからの寄せ集めのイメージだけど。
 布団に入ると、身体にのしかかる暖かさのせいか、もう止まらなくなる。
 自然と手が伸びる。
 回数も増えた。
 でも、そうやって自分を慰めた後の気まずさも切なさも、今この場の複雑な感情には到底かなわない。

「あの!」

 突然の僕の大声に、三輪先生が驚いた顔をする。
 僕自身も驚いた。
 落ち着け、落ち着け。
 駄目もとだ。
 思ってるだけじゃ伝わらない。
 言ってみなければ伝わらない。
 だから、言うしかない。

「・・・もし、その、あれだったら、んと・・・今度の土曜とかにでもミワ先生の家にお邪魔させてもらっても、いいですか?」

 心臓が倍の大きさになったように苦しい。

「え?あ、んー・・・そうだな、参考書だったらうちに幾つかあるし・・・来るか?」

 三輪先生のその答えに、一瞬、反応が出来なかった。
 予想もしない嬉しい急展開に、心が着いていかない。
 駄目もとだったのに。
 顔が火照り出すのが分かる。
 やった、やった、やった!

「あ!・・・んでも土曜はな・・・うーん・・・」

 三輪先生の顔が急に曇る。
 心、急停車。

「・・・ミワ先生の方に用事とかあったら、それが終わってからで良いんで・・・」
「・・・いや、まあ夕方くらいなら大丈夫だ。モトミだってこういう事は早いほうが良いだろ?」

 またも急発進。
 ・・・心臓に悪い。
 落ち着け、マイソウル。

「はい!ミワ先生さえ良ければ今度の土曜日是非にでも・・・」

 と、そこで僕は気付いた。
 三輪先生の真後ろ───重なっていたので今まで見えなかった───の人影。
 彼が、じっと僕を見据えている。
 三輪先生程ではないにしろ、逞しそうでかなり大柄な体。
 黒猫人属の吉野より、少し緑がかった滑らかな黒一色の毛並み。
 顔つきから一瞬、僕らと同じ猫人属かとも思ったけど、明らかに大きすぎる。 
 服装も、学び舎においてはなんとも似つかわしく無いサイズ大きめのヒップでホップなそれだ。
 と、そこで僕の視線に気付いた三輪先生が、悪戯がばれた時の子供のような顔をした。

「あちゃ、当日に驚かそうと思ったんだけどな・・・モトミ、他の奴らには内緒にしといて貰えるか。」
「・・・転校生が来るらしいって事なら、ナイキから聞いてうちのクラス全員知ってますよ。」
「げ、誰リークだ。」
「それはその、一番情報機密に向かなさそうな・・・」
「畜生!ホナミかよ!」

 即座に分かる辺り、ホナっさんの職員内での信用度が伺える。
 その間も後ろの彼は、じっと僕を文字どおり見下ろして───それは見下して、と形容する事も出来そうな視線で───いた。
 頭の全体的なフォルムと耳の位置と形からして、彼はきっと黒豹人属だろう。




「・・・しょーがねえか・・・っと、こうなったら先にモトミに紹介しとくな。こいつは今度転校してきた錦 有語(にしき ゆうご)、黒豹人属だな。んでユウゴ、こいつは弥琴 基深(ひさこと もとみ)、お前のクラスメイトになる奴、見ての通り猫人属だ。」
「・・・どうも、初めまして───」
「・・・・・・」 

 今後よろしく、と続ける事は僕には出来なかった。
 有語と言う彼は、僕の挨拶にも全く返答をせず、わずかに顎を動かすのみ。
 初対面でしかも同年齢の相手に対する態度としては、あんまりにもあんまりな気がする。
 正直、なんとも嫌な気分だ。
 もっと正直に言うと──────凹む。
 彼は僕に無いものを持っていて、それは僕が(と言うよりきっと一般的な若者が)欲しい物でもあるからだ。
 腕っぷしの強そうな身体。
 カッコイイ服装。
 クールな雰囲気。
 きっと三輪先生くらいの歳以上の良識を持った大人たちには、イキがってるとか背伸びしてるとか生意気そうとか最近の若いもんはとか言われるであろうそんな感じ。
 だけど。
 大人にそう言われるのが分かっていても。
 底が浅いかもしれないけど。
 メッキかもしれないけど。
 イニシエーションのように僕らがやっぱりどうしようもなく憧れる、一つのスタイル。
 それを持っている彼が、僕の言葉を無視した。
 『ダサイ』、『ウザイ』、『ツマラナイ』。
 そんな言葉をはっきり突き付けられたようで。
 やっぱり凹む。

「ユウゴ、んーな緊張するなって、もっと自分から喋らねえと打ち解けられ・・・」
「・・・ま、ヨロシク。」

 フォローしかける三輪先生を尻目に、有語と呼ばれた彼はようやく言葉を発した。
 ヨロシ、を低く。
 ク、だけを上げる発音で。
 僕は、この場から逃げたくなった。

「んじゃユウゴ、とりあえずざっと校内を案内するから付いて来いや。良かったらモトミも・・・」
「いえ、僕はこれで失礼します。」

 三輪先生の誘いにも、そう呟くのが精一杯な僕。
 舞い上がっている心に現実と言う冷水を浴びせかけられた気分だった。
 教師と生徒。
 男同士。
 過ぎる程に異常な片思い。
 何考えてるんだ。
 それじゃあな、という三輪先生の声に背を向けて足早に立ち去ろうとする。
 結局、三輪先生の家にお邪魔する計画もうやむやなままで終わってしまった。
 でも、僕が行く事に関して否定はされなかった。
 否定は、されなかった。
 そう考えて、無理矢理澱んだ気持ちを押し上げる。
 後でもう一回三輪先生と話そう。
 大丈夫、大丈夫。
 気持ちに反して出来るだけ大きく足を動かしながら、自分を励ます。
 その時だった。

「おいユウゴ、何やってんだ、行くぞー!」

 三輪先生の大きな声がした。
 何事かと、つい振り返ってしまうと。
 
「・・・」

 有語。
 彼がこっちを見ていた。
 先程とは違う。
 見下ろすでもない、見下すでもない。
 あえて言うなら───忌々しい物を見るような目つきだった。
 色々な思いが僕の頭で交錯し、それが合わさり疑問が大きく渦を巻く。
 何故だろう。
 何故彼はあんな目を向けるんだろう。
 直接的な恐怖や、暴力を受けるかもしれないと言う不安もあったけれど。
 そんな些細な事とはまったく別に。
 何故だろう。

 嫌な予感がした。


 ──────了──────
 
 
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